移住創業者、街なか居住者のブログ

お魚天国!

2019.05.15  ライフ

海が近くて山が近い上越は食材が豊かでお値段も手ごろで助かります。
日頃の商売がうどん屋なので、うどんを自家製麺し天ぷらを揚げて生活させていただいてますが、天ぷらダネの地魚がふんだんに使えるのは魅力的です。

とか書きながら三年前までは魚を下ろすのが苦手分野で自分でやると時間はかかるわ、しくじって商売モンにならないものを大量製造してしまうわで、知り合いの魚屋に天ぷらにできる状態にしたものを仕入れていましたので、お魚は高価な天ぷらダネになってしました。

ところが三年前、営業の継続には何も影響しないとは言うものの、ちゃんと調理師資格を取得しようと思って一念発起して独学で合格してから、魚の勉強も始まりました。

魚を自分で捌けるということは、トロ箱単位で売っている格安で新鮮な魚を自由に使えるということです。
開いてパッケージしてあるものの数分の一のお値段で買うことができます。

修行の手始めはメギス。
これを最初の素材にしたのは失敗だったかもしれません。
一年を通して豊富に出回るので値段も手ごろで数も豊富なんですが、鮮度が落ちやすく古くなると身が溶けるように柔らかくなっていきます。
そうでなくても身が柔らかく水分が多く、荒っぽく扱うと簡単に身が潰れてしまうこの魚、最初の練習にはけっこう難儀しましたが、この魚のお蔭で優しく包丁を使えるようになりました。

これが上手く行ってからイワシ、アジ、小鯛、ハタハタ、ツバイソ、カナガシラ、メバルなどに手を広げて、一応一通りの小魚の処理はできるようになってきました。

これができてくると魚仕事が俄然楽しくなってきて大型の鯛やヒラメ、ブリ、カンパチ、ヒラマサなども捌いて姿造りにする楽しみもゲットしました。

この地で面白いのは能生の沖の深場で獲れるサカンボ(写真の魚)やナガヅカ、キツネといった魚。
世間では未利用魚と言われて、地元の食卓でもなかなかお目にかからないヤツラですが、これがなかなかどうして天ぷらにすると美味いのです。

未利用魚となっている所以は「体表が粘液で覆われていて扱いづらい」「大型で家庭のまな板では捌く作業が難しい」などなどですが、その点では店の厨房があるということは大変有利で、ウロコが飛ぼうが何しようが後で床に水を流して掃除すれば良いことなので問題は少ないわけです。

深場のオコゼやゲンギョの仲間はどれも白身で上品な味わいです。また、適度に脂ノリがあり、そこそこの歯ごたえもあり、単にフワフワした白身ではないところが魅力です。

サカンボはドヤ顔のブルドッグみたいですが、鮮度の良い物を刺身にするとシコシコした弾力感の強い食感で気分はちょっとしたフグ刺しのようです。
天ぷらにすると少し締まった食感になりますが、顔からは想像のできない上品な味の魚です。

キツネは通称「ババア」と不名誉な名前で呼ばれる魚ですが、裁いている時は軟体動物のようなしなやかさでも加熱すると筋肉質な食感になるので、天ぷらよりはフライにすると極上の味わいです。
漁師さんたちはたいがい煮物にするということですが、僕は断然フライなどの揚げ物を推します。

魚仕事をしていると頭や中落ちの廃棄分が多く歩留まりが悪くて、なおかつキッチンが汚れると一般家庭では敬遠されがち。

ただ考えてみると豚肉や牛肉、鶏肉も屠殺から解体、洗浄、カット、パッケージングまで見えないところで済ませた状態で簡単に買えるから、歩留まり(使える部分の割合)が良いと思っているだけ。
肉を最初から最後まで処理してから食べるものにしていたら、気の弱い人は卒倒することでしょうね。

そして地元で獲れる小魚類は売れなければ鮮度が低下して、それ以上に転用されることもなく恐らくは廃棄の運命をたどるものが大半でしょう。

地元の漁師さんたちが燃料を使い、人を雇い、天候の良い時を狙って出漁して獲ってきたものを「面倒くさいから」「小さいから」「汚れるから」と敬遠していることがいずれは漁師さんたちの仕事を奪うことになるでしょう。

もし、そうなった時に手に入る魚は冷凍で輸入したものや切り身になってしまって正体が分からないものを食べざるを得ないようになってしまいます。

身近なところで手に入る小魚類を初めとする地場の新鮮な魚が豊富なこの地だからこそ、地場の魚を積極的に食べるようにしたい、と思う昨今です。

これからもうちょっとすると鯛と平目の産卵期に入り、市場には格安で豊富に出回ります。
美味しい鯛刺し、鯛茶漬け、平目の昆布締めで日本酒の冷えたのを一杯やると美味いでしょうね~
小アジの姿ずしなんかも良いですよね。

お魚天国に初夏のお祭りの季節がやって来るのが楽しみです。

このページをシェアする
讃岐うどん房鶴越 店主 小川 隆治

讃岐うどん房鶴越 店主 小川 隆治

福岡県福岡市出身。結婚にあたり上越出身の妻の家に婿入りし、上越に住むようになるが仕事の幅を広げるために神奈川県に単身赴任していた際に、休暇を利用してたまたま訪れた香川でバツグンの讃岐うどんの一杯と出会う。香川から戻ってからは独学でうどんの作り方を学び、現地でプロに教えを乞い、開業ができるように時間のある限り、うどん店と食の勉強をする。家庭の事情で上越に戻る必要が出てきたのをきっかけにに一念発起して上越市内で脱サラ。第二の故郷である高田でうどん店を開業。現在、開業から10年目を迎える。